眼の病気 11. 糖尿病網膜症

糖尿病網膜症(とうにょうびょうもうまくしょう)



内容の概略

   ☆  はじめに

  1.  糖尿病と、その合併症
  2.  糖尿病の治療
  3.  糖尿病網膜症の管理と治療



☆  はじめに

 糖尿病網膜症は、糖尿病の患者さんがかかる目の病気ですが、放っておくと失明につながる病気です。最近は糖尿病の患者さんの数が増えていますので注意が必要です。

 糖尿病になっても自覚していないことが多いので、検診で糖尿病があるかどうかをチェックすることが必要です。
 肉親の方( 両親、兄弟 )が糖尿病を持っている場合は特に注意してください。
  糖尿病になりやすい素因が遺伝するといわれています。

 私が眼科医になった40年ぐらい前には、糖尿病網膜症の治療は網膜光凝固( レーザー治療 ) しかなく、早いうちに見つけないと治療の手立てがなかったものです。

 その後、手術治療 ( 硝子体手術 ) が進歩し、病気が悪くなってしまってからでも視力を回復させられる可能性が出てきました。

 ただし、このような状態からでは、良好な視力の回復が得られないことも多く、失明をまぬがれるという意味しかないこともあります。

 もちろん、これはこれで大きな意義があることですが、不自由なく通常の日常生活を送るためには早期に病気を発見するに越したことはありません。

 また、最近はこれまで良い治療法がなかった黄斑浮腫:おうはんふしゅ ( 視力に大事な目の奥の網膜のむくみ ) に対して、目の中に注射を行う方法が一般的になり、視力回復のためには有効な治療法となってきています。

しかし、難治性緑内障なども含めて、今でも失明に至る患者さんは、いなくなったわけではありません。

 適切な糖尿病の管理と、眼底の経過観察が重要であることに変わりはありません。

 
 
 

1. 糖尿病と、その合併症



・  糖尿病は血液の中の糖 ( ブドウ糖 ) の値 ( 血糖値 )が高くなる病気です。

 誰でも食事をすれば血糖値は上昇しますが、病気のない方では、上昇した血糖値を抑える働きが備わっていて、高くなりすぎないようにしています。

 ですから一日の中で血糖値の上下は当然ありますが、一定範囲の中に納まっているわけです。

 糖尿病があると、この血糖値のコントロールがうまくいかなくなり、空腹時でも血糖値が高くなったり、食後に限度を超えて上昇してしまうことになります。

この、限度を超えた高血糖が長期間続くと色々な問題が出てきます。

・ では高血糖のなにが悪いのでしょうか

 普通の糖尿病( 2型糖尿病 )では、発見される前、すでに病気の状態が、かなりの年数の間続いていることがよくあります。

 つまり、血糖値が高くても、それだけでは自覚症状として現れないことが多いと言えます。

 しかし、高血糖それ自体は症状につながらないのだから、それで良いというわけにはいきません。

 自覚症がなくても、高い血糖値が続くと、知らない間に体中に様々な病気が出てくることになります。

 
これが合併症です

  中には生命にかかわる恐い合併症もあります。

 ★ 糖尿病の治療、言いかえれば血糖値をコントロールすることは、このような合併症を起さないようにするために行うわけです。

自覚症がないからといって甘くみていると大変なことになります。


・ では、合併症はなんで起こるのでしょうか。

 簡単に言ってしまうと、血液中の高血糖が持続することによって、

体中の血管が悪くなってしまうことが大きな原因になります。

 血管は全身に血液を循環させ、酸素や栄養分を運び、不要物を回収する働きがあり、体の組織が生きていく上で、なくてはならないものです。

 血管が悪くなって血液の循環がうまくいかなくなると、体は正常な働きができなくなってしまいます。
 そのために色々な合併症が起こることになります。

 糖尿病では厳密に言えば、血管それ自体だけでなく、血液にも色々な病的変化が起こり、循環が悪くなります。

※ とりあえず、糖尿病になると、血管に病気が起こる ( 血液の循環が障害される ) と考えておけば、大きな間違いはないでしょう。


・ さて、血管にも毛細血管という目に見えないような細い血管もありますし、しっかりした太い血管もあります。


★ まず細い血管である毛細血管が悪くなる合併症を考えてみます。

 これは糖尿病の三大合併症と言われており、網膜症、神経症、腎症があります。

 アメリカの教科書には昔、こんな表現で合併症が説明してあったと聞いたことがあります。

網膜症:最も悲惨な合併症。 つまり失明してしまうということです。

神経症:最も不愉快な合併症。 手や足がしびれて、不快な感覚が出てきます。

腎症:最もお金がかかる合併症。 腎機能が悪くなってしまうと、人工透析を行う必要が出てきて、治療を継続するために医療費がかかります( 日本では医療費補助があります )。
  腎移植を行う場合もありますが、これにも医療費がかかります。


★ 次に太い血管が悪くなる合併症を考えてみます。

 これは生命にかかわる合併症と、上で述べたものですが、太い血管に血栓 ( 血のかたまり ) ができてつまってしまい、血液が流れなくなるものです。

心筋梗塞( しんきんこうそく ) と 脳梗塞( のうこうそく )があります。

心臓を動かす筋肉に流れる血管や、脳の働きを守る血管がつまって、血液が流れなくなってしまえば、とんでもないことが起こるのはよくおわかりでしょう。

 糖尿病の患者さんでは、糖尿病のない方に比べ、これらの恐い合併症になる危険は、数倍高くなると言われています。
 眼科に通院している患者さんでも、この二つの病気になる方は大勢います。



★ これ以外にも、足の血液循環が悪くなる 壊 疽( えそ )という病気では、太い血管と細い血管の両方が悪くなると言われています。

 長い期間、糖尿病のコントロール状態が悪い方では、この、足の壊疽( 足病変 )を起す危険があります。

 中には足の一部を切断する手術が必要なことがあり、義足の装着など、大きな障害を残し、問題となります。

・ このような合併症を避けるためには、糖尿病のコントロールが一番大事なわけです。

 継続するのは大変ですが、飽きずに治療を行ってください。
 

2. 糖尿病の治療



 ここでは詳しくはお話しません。内科治療の詳細は専門医とご相談ください。

 基本的に食事療法、運動が重要です。

 病気の程度によって、飲み薬、インスリン注射を使って血糖値のコントロールをしていきます。
 最近は新しい薬が沢山出てきていますし、1週間に1回注射する治療などもあります。

 これらは専門の内科医と相談し、その指示に従ってください。
患者さんの病状、それぞれの状況によって治療の選択は異なります。

・ 糖尿病の検査では血糖値がもちろん大事ですが、その時の血糖値だけではなく、過去数ヶ月の血糖値のコントロール状況を把握する必要があります。

 そのために行う血液検査が

HbA
1c  ( ヘモグロビン エーワンシー ) です。

検査方法によって少し異なりますが、数字で6.4以下が正常範囲になります。
 未治療の方では 10 を超えることもありますが、これは極端に悪い値です。

 年齢やそれぞれの状況に応じて治療の目標が決まりますが、高すぎるのは危険です。

 若い方では、厳密に正常値以下のコントロールを行った方が合併症の危険が減ると言われていますが、内科医とご相談ください。

 さらに、糖尿病の方がなりやすい、高血圧、高脂血症( コレステロール、中性脂肪が高くなる病気 )、の治療も合併症を防ぐために重要です。


 

3. 糖尿病網膜症の管理と治療



☆  糖尿病網膜症の管理

 糖尿病と診断されたら、まず一度は眼科にかかってください。

 ( 人によっては、糖尿病であることを知らずにいて、眼科で糖尿病網膜症が見つかり、内科を紹介されることもあります。 )

・ 眼科で見てもらう必要があるのは、上でのべたように、網膜症という目の病気は早く見つけて対処しないと、突然の視力低下の危険があるからです。

 
網膜症があっても、自分ではまったく病気があるという自覚はありません

 つまり、視力は最初は低下しないということです

 患者さんは見え方が変わりないと眼に病気はないと思いがちです。

 しかし、視力が 1.2 あっても、明日、急に見えなくなってしまうかもしれない危険性がある、という状況は糖尿病網膜症では、めずらしくありません。

 ですから、一度まず眼科医の診察を受けてください。

・ 網膜症がまだ起こっていなかった場合は、糖尿病の治療状況によりますが、1年に1回診察を受ければ十分です。

 軽い網膜症があった場合は、半年に1回、診察をします。

 進行した網膜症があった場合には 1、2ヶ月に 1 回、診察をしながら眼科の治療が必要か考えていきます。

※ 注意が必要なのは、若い方です。糖尿病のコントロールが悪い場合、網膜症の悪化のスピードが速いことがあります。
 慎重に経過を見ていく必要があります。


★ では糖尿病網膜症とはどういうものでしょう

 ここで、網膜症のお話を少しします。医学生に話すような、少し細かな話ですので、面倒な方は、ここはとばしても結構です。

 糖尿病網膜症は毛細血管の病気であることを
 ( 1. 糖尿病と、その合併症 )のところでお話しました。

 血管が病気になると、二つの問題が起こります。
 
1) まず、正常な血管からは、血液の成分は外には漏れていきませんが、病気になると、勝手に漏れ出してしまいます。
 古くなったホースのゴムが傷んで、水がちょろちょろ漏れる感じですね。

 出血も起こりますし ( 眼底出血 )、余分な水分が漏れると、まわりにみずぶくれのように貯まってしまいます。

 これを  浮  腫  ( ふしゅ ) と言います。

 これらはどれも視力に影響し、見え方が悪くなる原因になります。

2) もう一つの問題は、毛細血管の中に血の塊ができ ( 血栓:けっせん )、血管がつまって血液が流れなくなってしまうことです。

 これを  虚  血  ( きょけつ ) と言います。

 血液が循環することで、酸素や栄養分を体に運んでいるわけですから、血液が流れなくなってしまえば、どこでも、体の組織はだめになって死んでしまいます。

だめになった範囲が小さければ、なんとか組織は動いていけますが、大きな範囲が障害されれば、生命にかかわる問題となります。

・ 眼での問題は、この虚血がある程度広がると、網膜では、体の自然の反応として、新たに血液を循環させようとする働きが起こってくることです。

 新しい循環を作るため、正常な血管の一部から、木の枝に芽が出るような感じで、新しい血管が伸びてきます。

 これを  新生血管 ( しんせいけっかん ) と言います。

・ 色々な目の中の場所に新生血管はできてくるのですが、

  これが 諸悪の根源 になります。

 というのは、最初のもくろみとは違って、新生血管は不完全な血管でしかないからです。 

 正常な血管の代役は務まりません

 新生血管自体がもろいもので、すぐに切れて出血を起してしまいます。

・ ですから、目の中に新生血管が出てきた網膜症、さらに網膜に新生血管と一緒に線維膜ができて、網膜がはがれてしまう、牽引性( けんいんせい )網膜剥離が起こった網膜症のことを、

増殖糖尿病網膜症 ( ぞうしょくとうにょうびょうもうまくしょう ) と名づけ、
重症のものと表現しています。

・ 糖尿病網膜症で大きく視力が低下する、あるいは失明する、といったものは全て新生血管が関与しています。

 1) 眼底にできた新生血管は硝子体出血  ( しょうしたいしゅっけつ ) を起し、光が眼の奥の網膜に届かなくなり、そのため見えなくなってしまいます ( 現在では手術で治療できます )。

 2) 牽引性網膜剥離が眼の中心 ( 黄斑 )に及べば失明してしまいます ( これも手術で治療できますが、なおっても大きく視力低下する危険はあります )。

 3) 眼の前の方に新生血管ができると、緑内障を起して眼圧が極端に高くなり、うまく治療できないと失明してしまいます。

※ ですから、われわれ眼科医の仕事の目的は、新生血管が出てこないように網膜症を管理することです。

・ 新生血管は網膜の虚血が原因で起こってきますから、網膜の循環を調べて、毛細血管がつまってないかどうかを判断することが最も重要になるわけです。

 では眼底を肉眼で見るだけでそれがわかるでしょうか。

 残念ながら太い血管がつまっているのは目で見てわかりますが、毛細血管の閉塞 はわかりません。

 特殊な状況では、ある程度の判断ができることはありますが、普通は血管の造影検査が必要です。

・ このために行うのが、蛍光眼底造影検査( けいこうがんていぞうえいけんさ )です( FAG と言います)。

※ 血管の造影検査は基本的には、血管の中に造影剤と呼ばれる薬を注射して、血液の流れ具合を、特殊な方法で写真をとります。
 
 目以外の場合は、レントゲン写真をとったり、 CT 検査 ( これも放射線を使います )、あるいは MRI 検査 をすることが普通です。

 ・ 蛍光眼底造影検査では、手首の静脈から造影剤を注射して、眼底写真をとります。
 この検査ではレントゲン( 放射線 )は使いません。
 眼底は肉眼で血管を見ることができる唯一の場所ですから、放射線を使う必要がないわけです。

・ 糖尿病網膜症がある程度進行したら一度は行う必要があります。

・ただ、欠点は造影剤にアレルギー反応を起す危険があることです。
 蛍光眼底造影に限らず、血管造影検査では、ごくまれにアレルギー反応で死亡する危険があります。
 薬剤のアレルギーを起したことがある方は、検査前に必ず医師に伝えてください。


 ただし、検査でも治療でも、それをやることが必要であって、やらないことによって大きな不利益を被ると考えた場合には、リスクとのバランスを考えながら慎重に行うことが原則です。

 ※ 最近この造影検査を、造影剤の注射をしないでできる器械が開発されました。

 網膜の病気で現在一般的におこなれているものに、 OCT 検査があります。
 この検査の中に、網膜血管の循環状態を調べることができる、 OCTA 検査というものが数年前から開発されました。

 最近ではこれがかなり進歩したものに改善され、蛍光眼底検査の代わりに使えるようになっています。
 高額な器械ですので、どこにでもあるわけではないのですが、造影剤を使わずに済むので有用な検査と考えられます。
 徐々に普及してくるものと思われます。
 

☆  網膜症の治療

糖尿病網膜症が見つかっても、軽い場合には眼科では治療しません。

眼底の定期検査をするだけで、この時点で一番大事なことは、内科の治療をきちんとやって、血糖値のコントロールを改善することです。

・ 網膜症の程度が軽く、糖尿病の治療がうまくいくと、網膜症はなくなってしまうこともありますし、少なくとも眼科での治療が必要になることはありません。

 逆に、内科の治療を十分行わないと、網膜症は徐々に悪くなり、ある程度進んでしまうと、それからいくら内科の治療をがんばっても、網膜症は良くならず、悪くなってしまいます。

 病気があまり悪くならないうちに、糖尿病のコントロールをきちんと行うことが一番大事です。

・ しかし、残念ながら目の治療をしなくてはいけない状況になることが幾つかあります。

1.  眼科を受診したとき、すでに新生血管が見られたり、牽引性網膜剥離が起こっている場合( 増殖糖尿病網膜症になっていた場合 )。
 つまり、最初から目の病気が悪くなりすぎていた場合。

2. 網膜の虚血が進行して、放っておくと、新生血管が出てくる危険性が高いと考えられる時。
 これは蛍光眼底造影検査で判断します。

3. 視力に大事な黄斑部網膜の浮腫( むくみ )が強くなって、視力低下が見られるとき。


★ 網膜症の治療の実際

 網膜症の治療には

1. 薬物内服治療

2. 網膜光凝固術 ( レーザー治療 )

3. 硝子体手術

4. 薬物硝子体内注射

があります。具体的な説明をこれからします。


1. 薬物内服治療

 網膜症を改善させるための飲み薬には色々な種類があり、昔からよく使われています。私も昔は投薬したことがありますが、今はほとんど使いません。

 なぜかというと、ほとんど効果がないためです。ただ、患者さんは薬を使うことによって安心される場合がありますので、全く否定はしませんが、大きな意味はないと考えて結構です。


2. 網膜光凝固術 ( レーザー治療 )

 光凝固治療の出発点はドイツの眼科医が開発したものです。

 日蝕網膜症と言って、太陽を直接見たために、目の奥の網膜にやけどが出来てしまう病気があり、そこからヒントを得て考案されたものです。
 最初は実際に太陽の光を利用したそうです。

・ これが簡便なレーザー光線を利用して、糖尿病網膜症の治療に使われるようになったのは、50年ぐらい前からです。

・ これは非常に有効性の高い治療法で、適切な時期に治療を行うことができれば、まず失明することはありません。

・ レーザー治療の目的は、毛細血管がつまって虚血になった網膜組織から、新生血管を作り出す悪い物質が出てこないようにすることです。

 そのために、レーザーの熱で悪い網膜組織を焼いてつぶしてしまうことが治療になります。やけどのきず痕を作るようなものです。

 焼いたところはもちろんつぶれて正常な働きはできなくなってしまいますが、これによって網膜症は鎮静化しておさまります。
 一部を犠牲にして全体を改善させるということになります。

※ 医学生には次のように説明していました。

「光凝固は理想的な治療ではありません。素行の悪い学生を教育して更生させるのではなく、退学させるようなものです。」
 学生には身につまされる話ですからよく理解できます。
 
・ しかし、この治療効果はすぐれており、

現在でも網膜症の治療の第一選択と言ってよいです。

・ ですから、網膜症が悪くならないうちから眼科の定期検査を行い、治療のタイミングを逃さないようにすることが一番大事です。それができれば視力に大きな影響を与えずに網膜症を治療できます。

 次の項目で述べますが、硝子体手術を行う場合にも、前処置として光凝固を行うこともありますし、手術中に併用するのも原則です。

・ ただし問題は、網膜症が悪くなりすぎてしまってからでは、光凝固だけでは視力を回復させられないことです。

・ もう一つは、黄斑浮腫に対しては光凝固の適応は一部にしかありません。
 これによる視力低下を改善させることはできないのが今まで問題でした。
 この黄斑浮腫については硝子体内注射のところでお話します。


3. 硝子体手術 ( しょうしたいしゅじゅつ )

 眼の中は空洞でゼリー状の水のようなものが入っていることを、他の病気のところで説明しました。このゼリーのことを硝子体 ( しょうしたい ) と言います。

・ 増殖糖尿病網膜症になると、新生血管がやぶれて、この硝子体の中に出血を起します。大量に出血すれば、網膜へ光が届かなくなるため見えなくなってしまいます。

 数ヶ月待っているとすこしずつ出血は吸収され、また見えるようになります。
 しかし、濁りが残って十分な回復をしないこともありますし、全然良くならないこともあります。
 ですから硝子体手術ができなかった時代には、これだけで失明する患者さんが大勢いたわけです。

・ 硝子体手術の始まりは、眼の中に細い器械を入れて、この硝子体の濁りを吸い取ることから始まりました。

最初は少し太い器械でしたが、その後は注射の針ぐらいの細い器械、直径1mmちょっとのものを使うようになりました。最近ではもっと細い器械を使うのが一般的です。

・ この手術ができるようになったおかげで、出血だけでしたら、大きな問題なく視力回復をさせることができます。

・ 増殖糖尿病網膜症でもう一つ問題になる牽引性網膜剥離も、硝子体手術の器具、手術手技の進歩によって治療が可能になっています。

  そうは言っても、あまり悪くならないうちに治療をしないと、十分な視力回復ができなくなってしまいますから、やはり早いうちに糖尿病網膜症を見つけるのが大事です。

・ 実際の手術は一般的には局所麻酔で行います。
 通常は眼の中に細い針のような器械を3つ入れます。ライトで中を照明し、顕微鏡で眼の中をのぞきながら、手術をします。
一つの器械は、にごりを細かく切りながら吸引する働きがあります。出血や膜などもこれによってきれいに掃除することができます。

 ・ 硝子体手術をする時に、50歳以上の方では一般的に白内障手術  ( 眼内レンズ挿入術 ) を同時に行います。
  これは、手術の後に白内障になることが多いので、あらかじめ一緒に手術をするわけです。

網膜剥離の手術と同じで、手術の最後に、眼の中に空気を入れたり、特殊な油のシリコーンオイルを入れたりすることもあります。

 簡単なものでしたら1時間たらずで手術は終わりますが、重症のものでは数時間かかることもあります。

・ 手術ですから全例が問題なく治療できるわけではありませんし、ごく一部では残念ながら回復できないこともあります。

 しかし、最近では器械、手術手技の進歩でかなり成績は良くなっています。
 以前なら失明してしまっていた方を沢山助けられるようになっています。
 

4. 薬物硝子体内注射

 一番新しい治療の進歩が、この注射の治療です。

 網膜症があまり悪くなっていないのに、網膜で視力に大事な黄斑に浮腫(むくみ)が出ることがあります。

 以前は飲み薬や目薬などを使ってみたり、場合によっては手術をすることも行いました。
 薬は大きな効果が得られないことが多いですし、手術をするのも少し大変です。

 それが今では薬を硝子体の中に注射することによって、治療が可能になってきました。

 眼の中に注射するというと普通の方は恐いと思われるかもしれませんが、比較的簡単にできることです。

注射する薬としては2種類あり、一つはステロイドホルモンですが、最近は硝子体の中に注射することはあまりありません。
  眼の奥 ( まわり )に注射することは、色々な病気に対して今でもよく行います。

 もう一つは、加齢黄斑変性で使われている種類の注射で、これが現在一般的なものです。
 これは新生血管の発育を抑える薬で、アイリーア、ルセンティスという商品名の薬です。以前は、大学病院などではアバスチンという健康保険の対象にならない注射薬を使っていたこともあります。

  加齢黄斑変性の治療とは違って一度注射したら、しばらくは経過を見ます。人によっては効果を見ながら複数回注射をすることがあります。

 ( 眼の病気 9. で、加齢黄斑変性の治療の項目でもこの治療の説明をしてあります。)

 もちろん、注射をすれば全員が良くなるわけではありませんが、一度は試してみる価値があります。

 この治療の欠点は、薬代が高いことです。最近がんの治療に使われる薬と同じようなもので、どれも薬価が高いのが難点ですが、我々にはどうしようもありません。
 政府もうまく対応できません。製薬会社はもうからないと薬を作りませんので、いたしかゆしです。
 
・  最近は黄斑浮腫の治療だけでなく、糖尿病網膜症が悪化した時に、網膜症自体を改善させるために硝子体注射をすることがあります。

 あるいは硝子体手術をする時に、前処置として注射をして、増殖性病変を鎮静化させる目的で使うこともあります。

 網膜症の悪化を抑えるためには、今までは網膜光凝固が行われてきたのですが、どちらがより有効であるのか、長期的経過も含めてまだ検討が十分なされてはいません。

 お金の問題も勘案して慎重に検討していく必要があります。